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ヘルスケア企業の動向(5)

ーリアルワールドデータ,多くの製薬企業が注目ー

ヘルスケア企業の動向(5)

 近年,製薬企業が着目しているリアルワールドデータ(RWD)がある.リアルワールドデータがもっとも活かされるのは、製薬会社における開発領域であろう。製薬研究の段階では、RWDを用いて参入テーマのデータベースを参照することで、リスクファクターを分析することが可能となる。また,RWDは、治験段階にも大きなメリットをもたらしてくれ,従来の治験手法では、「被験薬群」と「対照群」双方の患者が必要だったが,RWDを活用できれば、対照群をデータで代替することが可能となる.治験の際は「被験薬群」の患者だけを集めればよくなるため、治験に費やす時間もコストも大幅に減少させられる可能性が出てくるということで,製薬企業の期待も大きい.
  
 さて,現実はどうだろうか.例えば,2015年から,AMEDの資金を得て開発された「1000年カルテ」がある.これは,京都大学・宮崎大学名誉教授で,LDI代表理事の吉原先生が推進されてきたものである.吉原先生などの多大なるご尽力により,現在では全国で106の医療機関がHERセンターにデータを送信するようになっている.AMEDプロジェクトの終了時に300医療機関の参画を予定していたが,それよりは大分計画が遅れている.病院側の理解に加えて,病院毎に異なるデータフォーマットを使用している点と,非構造化データの取り扱いが課題になっているようだ.とは言え,1000年カルテが完成すると,データの二次利用が進んで,リアルワールドデータがより現実化していくものと考えられる.ただし,40塩基で個人識別符号と見なされてしまう遺伝子情報分野における解はまだ見出されていない.最近の当該分野の進展を考えると,遺伝子情報なしに,RWDを取り扱うことはあまりにも研究上のメリットを欠いてしまうことになる.

 一方で,最近では,「ELSI」の課題も盛んに議論されている.「ELSI」とは,「ethical, legal and social implications」の略称で,「エルシー」と読む.日本語では「倫理的・法的・社会的な課題」と訳されることが多い.
 ELSI研究の重要な役割の一つは,新しい研究・技術が社会に及ぼす影響を予見することである.ヒトゲノム研究を具体例に考えてみる.
 近年のヒトゲノム研究は多くの人々から血液などを提供してもらうことを必要としている.しかし,そうした試料には提供した人の身体情報が含まれている.仮に,試料の提供者が遺伝性疾患の人であった場合,情報が漏洩してしまうと,その人の結婚や保険加入,就職などに大きな影響を与える可能性がある.重要なのは,この問題が医師と患者といった二者間ではなく,不特定多数の人々が生活する社会全体の問題として生じる,ということである.
 こうした問題が現実化する前に,その可能性を指摘することが,ELSI研究の課題であると言われているが,この予見は様々な分野の研究者によって多様な観点から行われる必要があろう.この文脈では,アップルウオッチなどいろいろな手段で集まってくるパーソナルデータ(個人情報+個人関連情報)についても,メリット,デメリットを各方面の人が議論しておく必要があるかもしれない.

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