

株式会社
計測基盤技術研究所
Fundamental Measurement Institute of Technology Corporation (f-MIT)
代表取締役 坂入 実 Representative Director Minoru Sakairi
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ヘルスケア企業の動向(4)
ー米国企業は,1990年代以降,競争の仕方を大きく変えたー

数年前に,米国分析企業の副社長Ⅼさんと東京でお会いする機会があった.両社間での今後の仕事の進め方について議論することが主な目的だった.議論の前に,お互いのバックグランドについて紹介することにしたのだが,2つの点で興味あることがわかった.
1980年代,Lさんと私は,米国と日本と場所は異なっていたが,それぞれの企業で同じ目的の装置の開発を行っていたことがわかった.LC/MS(液体クロマトグラフ質量分析計)という分析装置の開発である.これは相当難しい開発で,これに成功したエール大学のFenn博士が2002年にノーベル化学賞を受賞したほどである.開発初期の頃はいろいろな手法が提案され,その中のひとつがベルト型インターフェイスだった.Lさんも私も若いときに,この方法の試作を行ったが,安定したデータをとるのに四苦八苦していたことがわかった.この方法は,結局歴史の中に消えていったのだが,お互いの苦労話に花が咲いた.
一方で,90年代以降はお互い別の道を歩むことになった.特に,米国では,1987年にGEがトムソンの医療機器部門を買収してその事業の拡大に成功した頃から,M&Aをベースとした事業再編が流行りはじめ,割合変化の少なかった米国分析機器メーカーにも大きな変革の波が押し寄せたようだ.そのような中で,Lさんの会社もMBAホールダーが会社の中枢をしめ,LC/MSの自社開発という会社の方針は大きく変わり,M&Aで技術と人材を獲得するという考え方が主流になったとのことだった.Lさんは新しい道を模索せざる得ず,新しい分析分野であるメタボロミクス解析にフォーカスし,その分析会社を立ち上げていったとのことだった.他方,私は,いや所属していた事業部全体が,米国の大きな変化を十分に認識しないまま,80年代同様,90年代に入っても事業部からの依頼研究をわずかな人数で行い,相変わらずLC/MSなどの分析装置の開発を進めていた.関係する事業部から国内向けにいくつか製品を出すことはできたが,会社における研究の進め方に特に大きな変化はなかった.
今考えると,Lさんの人生と私の人生は,米国と日本という場所の違いではなく,両国間におけるビジネスの進め方の変化によって大きく変わったような気がする.ただ,結果として,分析装置という地味な分野でも,米国では2兆5000億円を超すメガ企業が誕生していることは事実である.日米間の分析装置メーカーの差は,80年代よりとてつもなく大きくなった.
米国では,90年代以降,ビジネス拡大に向け,いろいろな手法が導入された.
1)M&Aによる新技術と人材の獲得
80年代になり,いろいろな技術が誕生するスピードが加速されてくると,自社の研究員にすべての新技術の研究開発を行わせることは非常に効率が悪い.そこで,資金力のある米国企業は市場を常に詳細にサーベイし,新技術を生み出したスタートアップ企業を人材,特許ごと獲得し,製品化を加速する戦略に転換した.
一方,ほとんどの日本企業は,相変わらず,従来の方法に固執した.
2)エンジニアリングサービス会社の活用
90年代以降,ディープラーニングのような先進的なデジタル技術が生まれたとき,それらをいち早く製品に取り込むことが必要となる場合がある.しかし,それぞれの分野で最先端技術を自社で習得しながら,製品に反映させようとすると,これも製品化の遅延になる.この頃になると,デジタル技術を得意としたエンジニアリングサービス会社が登場し,米国企業は製品化加速のために,このようなサービス会社の積極的な活用を行った.
一方,多くの日本企業は技術流出を懸念し,一部のソフト開発を除いて,自社開発に拘った.
3)カーブアウト
2000以降は,さらにいろいろな手法が導入された.ある部門をカーブアウトさせ,外部の資金を導入しながら技術を完成させ,ある段階で元の会社に買い戻されるケースも出てきた.次世代シーケンサーで世界をリードしているイルミナ社が,100億円で血液循環腫瘍DNA(CtDNA)によるがん検査部門をカーブアウトし,外部から多額の資金を入れて技術を大きく伸長させ,その上で9000億円で買い戻した例は大きな話題になった.
日本でも,国家プロジェクトで結果を出した部隊を独立させる動きも出てきたが,政府系機関頼みのところが多く,資金集めで苦労しているようだ.

