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ヘルスケア企業の動向(2)

ー大きな決断をした企業だけが飛躍したー

ヘルスケア企業の動向(2)

 2000年頃まで、日本を代表する医療機器メーカーと言えば東芝と日立製作所であった。当時、政府の医療系委員会参加へお声がかかるのは、オリンパスを含めた3社であった。当時、東芝は画像診断装置を中心に3500億円程度のビジネス、日立製作所は日立メディコの画像診断ビジネス1000億円と日立ハイテクの体外診断ビジネス800億円をあわせたビジネス規模であった。日本医療機器メーカーでは日立メディコによるアロカ買収など多少のM&Aはあったものの、GE、Siemensなどの1兆円クラブとの差は大きく開いていった。東芝はX線CTではグローバル市場で存在感を示していたものの、東芝、日立とも製品ラインナップは基本的にGE、Siemensと同じであり、2000年以降、売り上げはほとんど伸びていないと言ってよい。結局、グローバルに販売チャンネル、KOLチャンネルを持つ海外勢との差は埋まることはなかった。日本を代表とする画像診断系企業であった東芝、日立はそれぞれの画像診断部門をキャノン、富士フイルムに売却した。2020年はまさに日本の医療機器メーカーにおける一時代の終焉を示す象徴的な年になった。
 その一方で、2000年以降、日本における医療機器メーカーにも変化が出てきた。この20年間で成長した企業を大別すると3パターンに分けられる。(1)カテーテルを中心とした治療系企業(テルモ、ニプロ)、(2)古森CEOを中心にヘルスケア企業への積極的な展開を図る富士フイルム、(3)Roche社との戦略的提携を決断した中外製薬、である。中外製薬は製薬企業というべきであるが、2002年に当時の永山社長が“Roche社との戦略的提携”という大胆な経営戦略を取って以来、1600億円程度であった売り上げは2020年度には7000億円を超える勢いで、日本10位の中堅医薬品企業が短期間で日本を代表する医薬品企業に躍進した。株価も時価総額で8兆円となり日本7位に躍り出ている。“Roche社による実質的な買収”と揶揄する人も多くいるが、グローバルに戦わざるを得ない日本製薬企業にとって、多額の研究開発投資を含め、短期間でグローバル市場における存在感を出すための一つの戦略として興味深い。

2000年以降日本企業における3つの成長パターン
1 治療系企業
 内視鏡検査装置で年間8000億円程度のビジネスを動かしているオリンパスは別格として、治療系企業としては国内にはテルモとニプロがある。2000年頃のテルモの売り上げは2000億円程度、ニプロに至っては700億円程度であったが、カテーテルを中心とした循環器系治療分野への積極的な参入により、現在では6200億円、4400億円とそれぞれ大幅に伸長した。特に、ニプロは2020年度に過去最高の売り上げと利益を計上している。事業が好調であることを受け、再生医療などの新事業にも積極的で、札幌医大近くに、再生医療研究開発センターを立ち上げ、脊髄損傷患者向けにステミラック注という製剤を開発し、劇的な効果があったということで、大きな話題になった。
 一方、現在のテルモの海外売り上げは7割ある。その中で特徴的なことは、石油会社からテルモに転職した佐藤慎次郎氏が10年かけて米国におけるカテーテル事業を立ち上げていった点にある。これによって、米国における循環器医療ビジネス、技術に詳しい経営幹部が育成されていったとも言われている。結果として、佐藤氏はテルモの社長に就任している。一方で、M&Aにも積極的で、将来の事業の方向性を見極めた上で、ニューロバスキュラー事業における米国マイクロベンション社、血管事業における米国ボルトンメディカル社、英国バスクテック社などを獲得した。既存事業との隣接性や補完性が高い領域にフォーカスした小規模M&Aにより自律的な成長を目指す“プログラマティックM&A”と呼ばれる手法を確実に実行してきたと言える。これらの買収企業からテルモ本体における経営幹部が誕生しており、人材獲得という点でも機能している。海外での事業拡大を狙っている日本企業にとって、“プログラマティックM&A”は、経営幹部獲得のひとつの方法になっている。
 一方、ニプロは、国内比率が60%と高いものの、カテーテル、注射・輸液、透析関連を中心とした医療関連機材を中心に着実に売り上げを伸ばし、現在は4400億円の売り上げとなっている。ニプロも、創業者一族による積極的な“プログラマティックM&A”の歴史と言ってよい。これまで、同族経営の良い点が出ていると思われる。
<治療系企業経営戦略の特徴>
・売り上げの海外比率が高いこと
・市場の大きい米国での経験があるメンバーが経営幹部にいること
・強化すべき軸を決めて、積極的にM&Aを実施してきたこと

2 富士フイルム
 富士フイルムは、“予防”から“診断”、そして“治療”まで、すべての領域で人々の健康に貢献できる幅広い技術と知見を持った“トータルヘルスケアカンパニー”への取り組みを強化している。
 富士フイルムもヘルスケア部門の拡大はM&Aの歴史と言ってよい。特に有名なのは、医用画像情報システム(PACS)で、これはCT、MRI、CRなどの医用画像診断装置から得られた膨大な画像データを保存、検索、解析するシステムである。千代田メディカルの吸収合併に始まって、IT技術者の人材確保を含め、富士フイルムのSYNAPSEは、ワールドワイドでシェアNo.1と言われている。その結果、診断装置を束ねる医療ITネットワークが大きな強みになっており、X線、超音波、内視鏡などの各モダリティーがすべて連結されている。モダリティー毎に違ったシステムを開発してきた、かつての画像診断系企業とは異なるビジネス戦略を取ることができている。最近では、既存事業との親和性という観点から、バイオCDMO(開発受託および製造受託)、再生医療への取り組みも強化している。米国Kalon社、米国Celluar Dynamics社、日本J-TEC社など買収を積極的に行っており、当該分野の強化はますます加速している。
富士フイルムの基本戦略は、まずターゲット事業領域を決定し、M&Aにより事業のベースロードを作ることがスタートポイントになっている。これまで培った技術を生かせる分野に展開するということで、いきなり飛び地に行くということはない。ターゲット事業領域の決定は、古森CEOのリーダーシップのもとで素早く行われることも、富士フイルムの拡大路線を支えている大きな要因となっている。最近、日立化成が買収に参戦したものの、武田薬品から分離された和光純薬は結局富士フイルム買収されたことは記憶に新しい。現在の名称は、富士フイルム和光純薬株式会社となっており、試薬、化成品、臨床試薬を扱っているということで、グループ内企業との親和性も良いと言われている。
<富士フイルム経営戦略の特徴>
・経営トップの明確なコミットメント
・既存事業の技術を生かしながら事業を拡大する戦略。飛び地戦略はない
・ターゲット事業領域での積極的なM&Aによる、事業のベースロード構築(研究開発から立ち上げるという発想はない、時間を買うという発想)

3 中外製薬
 大胆な提携によって、Roche社製品の国内独占販売と自社製品のグローバル展開が可能になり、中外製薬の売り上げ、利益はこの20年間でおおきく伸び、日本を代表する製薬企業になった。Roche社との提携前の01年期末の売上収益は1651億円、営業利益は257億円で、国内10番手程度の中堅製薬企業だった。しかし、19年期末の売上収益は6800億円、営業利益は2180億円で、株式時価総額は5兆円を超え、武田薬品工業に次ぐ業界2位に付けるまでに成長した。すなわち、Roche社との戦略的提携により、画期的なRoche社導入品を国内で独占販売することが可能になる一方で、自社創製品をRoche社に導出することでグローバル市場に展開することが容易になった。これらによって安定的な収益基盤を確立できている。Roche社にとっても、革新性の高い研究に特化した中外製薬創製品をグローバル市場で販売することができ、WIN-WINの関係を構築しており、最近最も成功した提携の代表となっている。中外製薬がバイオ医薬品の研究開発を他社に先んじて行ってきたことも提携に向けた大きなポイントとなった。図に、中外製薬の2010年から2019年における売り上げの推移を示した。18年間で売り上げ4.5倍、営業利益10倍強の驚異的な伸びである。あわせて、これを達成する上で核となった中外-Rocheのビジネスモデルを示した。中外製薬が上場を維持できているのも高い創薬技術力があればこそと考えられる。
 この戦略的提携は、中外製薬の永山氏とRocheのフーマー氏の個人的関係がキーだったということが言われている。もちろん、永山氏が創業者一族の娘婿であったこともこの大きな決断ができた理由のひとつであろうが、永山氏自身が同社の経営幹部になって以降、自社の特徴と今後の製薬業界の動向を踏まえながら、自ら国内外の企業幹部とのまめな“雑談”を行っており、特にフーマー氏とはケミストリーがあったらしい。やはり、日頃からの経営幹部通しの密な意見交換は必須であろう。
<中外製薬経営戦略の特徴>
・創業者一族による経営と大胆な決断
・自社ポジションの正確な把握
・戦略的提携先の選定(経営トップ通しの議論)
・Roche社導入品、自社創製品による多様な品揃え

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