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ヘルスケア企業の動向(1)

ーこれまでの20年で何が起こったかー

ヘルスケア企業の動向(1)

 2000年初頭にはふたつの大きな流れがあった。256チャンネルX線CTや3TMRIのような画像診断装置の高性能化と遺伝子解析などのライフサイエンス分野の台頭である。画像診断系ではX線CTのマルチスライス競争がGEと東芝の間で繰り広げられ、256チャンネルが最先端機装置となった。しかし、この後、画像診断分野では、主力のX線CT、MRI、超音波診断装置において、これ以降目立った大きな技術開発の動きはないと言ってよい。装置が高価になりすぎて導入できる病院数が限定されていったと同時に、X線CTにおけるスライス数増加やMRIにおける高磁場などの改良だけでは、わずかな性能向上しかなく、費用対効果が悪くなってきているためである。その代わり、情報システムにより画像診断装置の画像処理、過去の膨大なデータを活用した診断支援など、使い勝手向上などに技術開発の方向性が大きく変化した。
 一方、1900年代後半頃からヒトゲノム計画の発表により、ライフサイエンス分野には大きな注目が集まった。この中で、日立製作所はヒトゲノム計画推進のための第一世代DNAシーケンサーを開発し、Applied Biosystem社とのコラボ事業によって世界の標準機となり大きな役割を果たすことになった。この結果、遺伝子検査を中心とした個別化医療に向けた新たな競争が始まったと言える。
 このような中で、科学機器メーカーを含めた医療機器メーカーにおいては、ふたつの大きな流れが起きた。ひとつは、GE、Siemensのような画像診断系企業の体外診断企業の買収による総合医療機器メーカーへの転換であった。GEによる英国バイオ企業のアマシャム買収、Siemensによる米国体外診断薬メーカーのデイドベーリング買収などである。これによってGE、Siemensなどはヘルスケア部門の売り上げが2兆円超える企業となった。GEのヘルスケア事業拡大戦略に、他の電機メーカーが追随した形である。ただ、現在は、総合医療機器メーカーにおける大規模な投資合戦は一段落した感がある。ひとつの事業部門として、2兆円の売り上げ規模、2桁の収益があれば十分というところであろうか。なお、参考のために、世界トップテンの医療系企業(2兆円クラブ)を、Ⅲ参考データ(市場トレンド)に纏めたので、参照されたい。2000年以降、各企業が自分の特徴をうまく生かしながら、他社を取り込み、売り上げ、利益を1.5~2倍にのばしていった。
 もうひとつは、巨大な科学機器メーカーの台頭である。ある意味、サイエンスに貢献することを前面に出しながら、驚異的な拡大を続けている企業群がある。その代表例のひとつは米国Thermo Fisher Scientific社であり、もうひとつは米国Illumina社である。ただし、ビジネスのやり方は大きく異なる。
 米国東部の小さな科学機器製品サプライヤーであったFisher社がその経営方針を変えThermoelectron社と合併したことを皮切りに、M&AにつぐM&Aで今や2兆5000億円を超える科学機器総合企業に成長している。「私たちの住む世界をより健康で、より清潔、より安全な場所にするために、お客様に製品やサービスを提供する」を社是として、新しい経営陣のもと明確な事業拡大戦略をとってきた。2015年から売り上げ、一株当たりの利益ともに1.5倍以上に増え、驚異的な伸びを示している。また、当然のことながら、利益の半分は強いプラットフォームの販売によって支えられている継続的な消耗品販売であり、科学機器メーカーにおける安定的な収益源となっている。
 一方、Illumina社は、同じサンガーシーケンスの原理に基づいているが、第一世代のキャピラリー電気泳動型DNAシーケンサーの処理能力を大幅に超える次世代DNAシーケンサー(Next Generation Sequencer; NGS)の主要メーカーとして急成長している。米国国立衛生研究所(National Institutes of Health; NIH)による1000ドルシーケンサーのコンセプトが提唱されたことがドライビングフォースとなった。ちなみに、サンガーシーケンスをベースとした並列化自動逐次解析方式のNGSを使えば1回のランで5名のヒト全ゲノム解析を約10日間、70万円で行えるほどになっている。  2003年に終了したヒトゲノムプロジェクトで初めてヒト全ゲノムの解読を行った時は、第一世代キャピラリー電気泳動型DNAシーケンサーを用い、配列情報の産出に10年、さらに解析に3年かかっていたことを考えると大変な進歩である。Illumina社はこの解析プラットフォームをコアとして、その応用を開拓しながら、さらなる成長を図っている。なお、Illumina社の収益構造も60%は消耗品費となっており、安定経営の基盤となっている。
 Thermo Fisher Scientific社とIllumina社は、強い解析プラットフォームを背景に、利益の50~60%を消耗品で稼いでいる企業であることは類似しているが、異なる文化を持った企業である。Thermo Fisher Scientific社は、必要な技術あるいは製品群はM&Aで獲得することで、ライフサイエンス、医療、環境など幅広い分野に多様な製品を世界中に販売して巨大化してきた。科学機器メーカーという成熟分野にありながら、売り上げが2兆5000億円を超える企業が誕生するとは誰も全く予想できなかった。
 一方、Illumina社はNGSベンチャーをカーブアウトさせて他社の技術を取り入れながら、最終的に自社で買い戻し、並列化自動逐次解析方式による次世代DNAシーケンシング技術を完成させた。現在は並列処理能力をアップさせながら、その応用分野を開拓して当該市場における圧倒的な存在感を出している。基本的な原理はサンガー方式ながら、並列化自動逐次解析方式の採用により、第一世代に対して一気に3桁以上高いスループットを実現したことが大きい。同社の最近の有名な例は、血液中腫瘍マーカー(circulating tumor DNA: ctDNA)によるがん検査市場構築のために100億円でカーブアウトしたグレイル社であろう。独立後、Bill&Melinda Gates Foundationなどから多数の投資を受けながらNGSによるがん検査の研究受託事業を行い、今年、親会社であるIllumina社に数千億円で買い戻された。Thermo Fisher Scientific社、Roche社を含め、Illumina社の買収の話はこれまで何度も出てきたと思うが、1兆円を超える巨額なマネーが提示されてもIllumina社にその気は一向にないようだ。バイオ分野の“Apple”になることが目標らしい。Roche社も454 Life Sciences社を買収してNGS市場に参入したが、その方式の競争力がないということで結局断念した。一方、さすがのThermo Fisher Scientific社も、第一世代DNAシーケンサーで活躍したApplied Biosystem社を買収したものの、次世代DNAシーケンサーNGSではIllumina社が買収に応じないため、イオントレント社の別方式(非光学検出/1分子検出方式)を担がざるをえず、苦戦が続いていると言える。同社は、網羅的解析はイオントレント方式で、個別解析はDNAマイクロアレイという戦略であるが、Thermo Fisher Scientific社の遺伝子解析分野での次なる飛躍はあるか。

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